【養生法】胃の気と元気に関する考察

養生訓における胃の気

養生訓において胃の気は「元気」「「冲和の気」の別名と表記してあります。
胃の気があれば病気は重くても生き、軽度でも胃の気がないと死ぬ…と、極端な表現をしていますが、考え方の一つとして捉えるのは大事でしょう。
ここでも胃の気の脈を重要視しており、中庸でほどよく整った脈としています。
養生をする人は常にこの脈のあることを心がけ、気を減らさないように心がけるべし…としています。

 

過度な感情は病気の原因

東洋医学では「七情」という考え方があります。
<怒・喜・思・憂・悲・恐・驚>

感情の変化は体内外の気を動かすために大事な要素ですが、反面、その動きが過度になると全体のバランスを崩し、滞りの原因=邪気になると考えられます。
感情に囚われた人が冷静な判断や行動に欠けるのは想像しやすいと思います。
また、怒りっぽい人に高血圧の持病があったり、憂いが過ぎる人に自律神経失調の傾向があったり。
喜ぶ感情も良いように思えますが、これも過ぎると躁状態になり身心のコントロールができなくなります(遠足前日に眠れない子供のアレとかね)
喜怒哀楽の感情を持つことは人生を豊かにするものですが、過度な感情の起伏は気を消耗し、元気を失う原因になるとされています。

気の養生法

養生訓では「礼・義」をもって気を養うことを推奨しています。
欲を少なくする…という考え方は孟子(古代中国の思想家)の時代から繰り返されており、様々な宗教や哲学でも同様のことが言われています。
ここで言う「礼・義」は、人に対し敬意を持って接する態度や、自分が自分であることを誇る(そう言う奴が最後に残る)信念のようなもの。
他人の評価や噂話ばかり気にして自己を見失うと良い結果に繋がらない…というのはアドラー心理学にもつながるものがあります。
確固たる信念を持ち、それでいて他者に対して敬意を持って接する事ができる人は確かに見ていてかっこいいな…と思いますね。
そう言う人は確かにいつも「元気」です。

人生の三楽

養生訓において人が楽しむべき事を3つ挙げています。

1)人として正しい道を歩む。悪事を働かず善を楽しむ事。
2)病がなく、快く楽しむ事。
3)長命を持ち、人生を長く楽しむ事。

金があり身分が高く学に長けていたとしても、この3つがなければ真の楽しみではなく、したがって富貴は三楽に含まれないとしています。
人として生まれたからには、この三楽を得る計画こそ、充実した人生を全うするために必要なもの…と説いています。

 

個人的見解

人間関係も複雑になり情報量も多く、ストレスフルな現代社会において「それができたら苦労しませんがな…。」という話ばかり。

私も聖人君主ではないので、七情に振り回され礼・義を忘れることもあります。

ただ、この「中庸を軸にする」という考え方が頭の片隅にでも残っていれば、イラッとした時に一呼吸をおいたり、これは自分の生活に無関係なもの…と取捨選択をする事ができます。

藤本自身、日常生活で「知らん」「興味ない」「どーでもいい」を連呼していますが、これは自身に害があるな…と思った情報に触れないようにするための自衛策。

メディアから流れてくるゴシップやスキャンダル、出所のよくわからない噂話の全部に反応していたら身も心も持ちませんし、臨床に悪影響も出てしまう危険性もあります。

自分の元気を保つため、軸になる考え方を持つ(ここでは養生訓)事はますます複雑になる時代に押し流されないようにするため、大事な事だと感じています。

「病は気から」という言葉がありますが、これは「病気なんて気の持ちようだから気にすんな!」ではなく、「気の流れ」を意識して、心を平和に保つ事が健康長寿の軸になると考える方が自然だと思うに一票で。

 

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました